25° 晴耕雨讀 黒麹 <芋焼酎>
25° 晴耕雨讀 黒麹 <芋焼酎> 1800ml
35° コウワカタイプT チェリンノ <芋焼酎> 720ml
浪漫を感じながら酒器を傾けていただければ…
26° 蔓無源氏 <芋焼酎>
この焼酎の原材料となる「さつまいも蔓無源氏(つるなしげんぢ)」は、今から100年以上も昔、1907(明治40)年に見つかった数少ない在来品種です。甘味が強くて美味しい「蔓無源氏」は、大正時代から昭和の初め頃まで、鹿児島県でもかなり多くの生産量があり、食用・焼酎などに使われていたようですが、時代の流れと共に農作物も品種改良が繰り返され、第二次世界大戦を機にその姿を消していき、1965(昭和40)年以降は鹿児島県でも収穫実績もなく絶滅状態になっていました。
大正時代、そんな昔に飲まれていた芋焼酎を再現したい…。その強い想いから、幻となった「蔓無源氏」を復活させるプロジェクトがスタートしたのが2003(平成15)年の夏。
鹿児島県農業試験場に品種保存の為に保管されていたわずか10本の苗を元に、霧島市福山町の農家・谷山秀時さんと国分酒造の二人三脚が始まります。
栽培経験のある農家も当然なく、現在栽培されている品種のさつまいもに比べ育てにくいことから、非常に苦労があったことでしょう。
その年の暮れに初めて「蔓無源氏」が実りましたが、なにせ10本の苗からの収穫ですから、量も数キロとしれています。これらの芋は全て種芋に回し、翌年、この種芋から出た苗を全て植え付けして、暮れに2回目の収穫。この収穫分も全て種芋に回し、3年目の植え付けとなる2005(平成17年)には収穫量も3.5トンとなり、ようやく初めて焼酎の仕込みができるようになりました。しかし、まだ「蔓無源氏」38%、黄金千磨62%という使用割合での焼酎造り。年々少しずつ収穫量を上げながら、焼酎造りにおいても「蔓無源氏」の使用割合を上げていき、4年目の仕込みとなる2008(平成20)年、ようやく「蔓無源氏」の使用割合が100%、つまり蔓無源氏全量使用の芋焼酎に至りました。芋作りを始めてから、実に約6年の月日が費やされたことになります。
2009(平成21)年から、原料は全てを地元産で…という想いから、麹米用の長粒米「夢十色」の栽培を霧島市の農家と共に開始。その年の仕込みから、米麹の一部に「夢十色」を使い、翌2010(平成23)年には「夢十色」を100%使用。浪漫を追いかけ続け、進化し続けている芋焼酎です。
その名の通り、蔓の短い源氏芋の1種で、皮の色は赤く、ふかすと芋の中はオレンジ色っぽいような黄色をしています。食べても美味しい「蔓無源氏」は、しっとりとして粘性が強いのにベタつきが少なく、コクがありながらも穢れを知らないような独特の甘味を持ち、安納芋の元になる芋ではないかとも言われています。
そんな「蔓無源氏」から出来る芋焼酎は、まるでふかし芋を食べているような風味を感じ取れる、旨味と甘味に特徴のある味わいです。
農家・谷山秀時さん、蔵元・笹山醸さん、杜氏・安田宣久さん、それぞれの「苦」が、この焼酎の最大の特徴である「甘味」に変わった…
そんな芋焼酎です。
この焼酎に携わった方々の浪漫を感じながら酒器を傾けていただければ、その美味しさもひとしおかと存じます。
蔵の魂、宝、そして美術品。
25° 刀 <芋焼酎>
武器であり、武士の魂とも呼ばれ、代々受け継がれる宝であり、美術品でもある「刀」。
その「刀」をイメージした芋焼酎です。
黒の背景に銀で箔押しされた「刀」の文字が浮かび上がるラベル。刀をイメージした色合いと書が、実に格好いい。
日本神話に登場する製鉄・鍛冶の神である天目一箇神や、日本刀剣史上もっとも著名な刀工の一人であり日本刀の代名詞ともなっている「正宗」こと岡崎正宗、江戸時代の名刀「虎徹」こと長曽祢虎徹、上杉謙信の愛刀を作った備前国の日本刀刀工の一派である福岡一文字など、名高い刀工の名がラベルの下側に連なっています。
原料芋には紅芋と黄金千貫を各50%使用。紅芋の甘味を引き出しながら、黄金千貫ならではのオーソドックスで飲み飽きしない味わいを実現しています。
甘い芋の香りと柔らかな口当たり。
口の中で芋の甘味が広がった後に感じる辛味。
ロック、水割り、お湯割り、どの飲み方でも美味しくいただけますが、お奨めは焼酎:水=8:2のソフトロック。是非いちど、お試しください。
人気雑誌「dancyu」2010年9号の焼酎特集「飲まずに死ねない名酒大発掘!」において、大々的に取り上げられた芋焼酎ですよ!